問題の解決策 その2

昨日の続きで今日は、

 

「じゃあ、自分の問題についてはどうしたらいいのか?」

 

について書いてみたいと思います。

 

 

昨日の記事を読んでくださった方なら、

もう答えはお分かりでしょう。

 

 

答えは、「感情を整えるだけ」です。

 

 

その際に鍵となる感情は、

「ホッとする」「気分が楽になる」です。

 

 

では、問題や悩みの最中にいる時の「感情」はどんな感じでしょう?

 

 

 1 喜び/気づき/力があるという感覚/自由/愛/感謝

 2 情熱

 3 熱意/意欲/幸福

 4 前向きな期待/信念

 5 楽観的な姿勢

 6 希望

 7 満足

 8 退屈

 9 悲観的な姿勢

10 不満ストレス/苛立ち/短気

11 打ちのめされている状態

12 失望

13 疑い

14 心配

15 非難

16 落胆

17 怒り

18 復讐心

19 嫌悪/憤り

20 嫉妬

21 不安/罪悪感/自信喪失

22 恐れ/悲しみ/うつ状態/絶望/無力感

 

 

「この問題、どないしよ〜?」って言いながら

1〜7の感情でいられる人は、

きっと悩んでいる振りをしているだけの人ですね(笑)

 

 

まともに悩んでいる人なら10以下であることは確かです。

 

 

昨日の記事でも書いた通り、

1が「ソースの波動(ヴォルテックスに入るとも言います)」で、

問題を解決するにはそこに近づく必要があります。

 

 

なぜ「ソース」と波動を合わせるだけで問題が解決するのかというと、

 

私たちの見えない部分である「ソース」は、

問題が生まれた時点で私たちの望みをキャッチし、

望みそのものと同じ波動になっているから。

 

 

 

 

「これちょっと意味わからん」という方も多いと思うので、

言い方を変えると、こんな感じです。

 

 

「望まないことが起こった(問題が発生)」=「嫌な気分」

 

 

これが今の私の状態だとしたら、

私の望みは「問題の解決」です。

 

 

「望みが叶った(問題が解決した)」=「いい気分」

 

 

例え私がこれを明確な思考や言葉にしていなくても、

ソースは自動的に私の望みをキャッチして、

望みが叶ったバージョンの「波動」になります。

 

 

「波動」=「感情」ですから、

ソースの波動を感情で表わすなら「いい気分」です。

 

 

この宇宙は「波動」が全ての現実をつくるので、

物資世界の私がおこなうべきことは、

「ソースの波動」と「私の波動」を合わせること。

 

 

でも、物質世界の私の現実は

「望まないことが起こった(問題が発生)」状態で何も変わらない。

 

だから、感情も「嫌な気分」のまま。

 

 

普通の問題解決のやり方だと、

意味のある思考や行動でなんとか前に進もうとする。

 

あるいは自己啓発的なやり方なら、

ネガティブな思考をポジティブにしたり、

アファーメーションをおこなったり願望を紙に書いたり、

成功者の方法を真似てなんとかしようとするかもしれません。

 

 

どちらの方法も、

まずソースと「感情」を合わせようとしないなら、

実は遠回りをしていることになります。

 

 

 

「問題の波動と解決策の波動は違う」

 

 

 

エイブラハムがよく言うのはこのことです。

 

 

 

 

では、実際にどうするのかというと、

 

 

「望まないことが起こった(問題が発生)」=「いい気分」

 

 

いきなりこれにするのは無理だから、

ちょっとずつ感情の段階を上がっていくようにする。

 

ホッとして気分が楽になることなら、

なんでもいいんです。

 

苦しくて不安でどうしようもないなら、

それをどうにかしようとしないで、

そのままの感情でいることを自分に許す。

 

 

「あんなことあったんだから、苦しむのは当たり前」

 

「今は腹が立ったままでいい」

 

「しゃあない、しゃあない」

 

「このままでも大丈夫、大丈夫」

 

 

そうやって感じ続ける。

 

 

私なら、問題のことはちょっと脇に置いといて、

アイスクリームを食べる。

 

好きなものを見て「これが好きだなぁ」と感じる。

 

カラオケでよく歌う曲の弾き方をネット調べて、

ウクレレを弾くことに集中する。

 

外に出て景色を見ながら歩く。

 

もっとスッキリしたいなら軽く走る。

 

寝る。

 

 

 

「それで問題が解決するんですか?」

 

 

 

 

 

はい。

 

 

そこへいく前に、

この方法の素晴らしいところを述べておきたいと思います。

 

 

それは、「問題がある間もまずまず気分よくいられる」ということ。

 

 

これって結構すごいことだと思うのです。

 

 

普通だと、何らかの問題を抱えている時って、

その間はずっと憂鬱だったり、不安だったりします。

 

問題が消えるまで心から喜べない感じ。

 

 

「問題がある」=「嫌な気分」

 

 

これをいつも持ったまま日々を生きることになる。

 

 

でも、エイブラハムの教えを2年以上実践しているとこうなりました。

 

 

「問題がある」=「まぁ今はあるけど、それでええやん」

 

「問題がある」=「でも、ご飯美味しいやん」

 

「問題がある」=「それは置いといて、他のことで楽しも」

 

「問題がある」=「この問題、視点を変えたら別の見方もできるなぁ」

 

 

これを続けていると、実践するまでは当たり前だったパターンの

「問題がある」=「嫌な気分」が長続きしなくなります。

 

 

 

「これって現実逃避では?」

 

 

 

と思ったこともありますが、

 

「ソースとの波動合わせ」に真剣に取り組んでいるうちに、

「あぁ、これが本当の現実創造なんだなぁ」と、

いつの日からか実感するようになりました。

 

 

私の場合、解決策が「ポン!」と浮かぶこともあるし、

ヒントをくれる人や本に出会ったり、

時間をかけてパズルのピースが一つずつはまるように

次々に現実が整っていくこともあります。

 

もちろん、かつては問題だと思っていたことが

そのまま残っているものもありますが、

「すぐに片付けなくてもええやん」と思えるようになりました。

 

 

 

「で、結局『問題の解決策』ってなんですか?」

 

 

 

ということなんですが、

 

 

 

「問題があったとしても、あなたの人生を楽しむこと」

 

「あなたの心を満たすことを一番大切にして、

 今この瞬間を生きること」

 

 

 

だと私は思います。

 

 

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

 


問題の解決策

誰かから悩みを相談されたら、

自分も力になってあげたいと思う。

 

その問題について一緒に考えて、

何かの解決策を提示してあげたいとも思う。

 

一人の時でもその問題について考えるぐらい、

他者の悩みに真剣に向き合う。

 

 

「自分がなんとかしてあげたい」

 

 

でも、相談を受けた人にできることって、

ほんの少ししかないんです。

 

 

 

 

エイブラハムのあるセミナー動画の中で、

奥さんが自殺したばかりでとても落ち込んでいる男性が

質問者として登場しました。

 

 

「妻のために、もっと自分にできたことがあったんじゃないだろうか?」

 

「『奥さんが自殺したのはあなたのせいではないか?』と、 

 周囲の人から非難されるかもしれない、という恐れもある」

 

「今の気持ちのままでは、

 とてもヴォルテックスに入れない(気分良く過ごせない)」

 

 

その男性にエイブラハムが語ったことは、

全ての死は自殺であることや、本当は「死」などないことや、

「自己否定」という感情の無意味さでした。

 

男性の返答は「はい。わかります」とか、

「はい。知っています」という感じ。

 

それらの内容は、エイブラハムの教えを本で読んだり

動画で観ているその男性が既に知っていることばかりでした。

 

 

「エイブラハムは、こういう悲しみのドン底にいるような人に、

 どういうアドバイスをするんだろう?

 どんな解決策を伝えるんだろうか?」

 

 

私は興味津々でした。

 

 

そして、その後にエイブラハムが語ったことは、

解決策でも何でもなく、ただ男性を少し笑わせただけでした。

 

 

「今日のセミナーは楽しめましたか?」

 

 

「はい。特に、前の質問者とのやり取りは(少し笑みがこぼれる)」

 

 

「それでは、私たち(※)はもっとおもしろくなりましょう」

 

 

「(会場も男声も笑)」

 

 

※エイブラハムは複数の存在の集合体であるため、

 自分のことを「私たち」と言います。

 

 

 

 

エイブラハムがこの対話で実質的におこなったことは、

たったこれだけでした。

 

 

それまでの会話は、エイブラハムがいつも教えている真理を

男性と確認し合っただけの作業で、

 

エイブラハムがこの対話で実現したかったことは、

男性の感情の段階を少しでも「ソース」に近づけること。

 

 

決して、何らかの解決策を提示することではありませんでした。

 

 

ちなみに、エイブラハムが言う「感情の22段階」は以下の通りです。

 

 

 1 喜び/気づき/力があるという感覚/自由/愛/感謝

 2 情熱

 3 熱意/意欲/幸福

 4 前向きな期待/信念

 5 楽観的な姿勢

 6 希望

 7 満足

 8 退屈

 9 悲観的な姿勢

10 不満ストレス/苛立ち/短気

11 打ちのめされている状態

12 失望

13 疑い

14 心配

15 非難

16 落胆

17 怒り

18 復讐心

19 嫌悪/憤り

20 嫉妬

21 不安/罪悪感/自信喪失

22 恐れ/悲しみ/うつ状態/絶望/無力感

 

 

「1」の段階がソースと波動が一致した

(=ヴォルテックスに入った)状態です。

 

ここに存在していれば、

誰でも自然に問題を解決していけるし、

そもそも問題を問題として感じなくなるかもしれません。

 

 

相談者の男性の感情は、エイブラハムと話す前は

一番下の「22」にいたと思いますが、

会場のみんなと笑えたことで、少し気持ちが楽になったと思います。

 

例えそれがこの時だけであっても、

「どん底から感情の段階を上がれた」という実感には

大きな意味があります。

 

きっと、エイブラハムのセミナー会場を出た後は、

その実感が「また同じような感情を感じる機会をつくろう」

という力になってくれることでしょう。

 

 

 

 

そして、ここでもっと重要なことは、

エイブラハムがずっと「1」に存在し続けているということです。

 

 

例えば、相談を受けた側が

「相手の問題を自分が解決しよう」と、

問題に入り込み過ぎている時。

 

往往にしてその人は、

問題の渦中にいる人と同じ感情を味わうことになります。

 

元々はニュートラルな状態だった感情が、

相談者の気持ちと同調して「心配」「怒り」「復讐心」や

「恐れ」にまで落ちてしまう。

 

 

そうすると、誰かの力になるどころか、

ソースと波動が離れ過ぎていて、

自分の力そのものがなくなってしまうんですね。

 

 

 

 

誰かの相談を受ける時は、

相手の中に「問題を解決する力がある」ことを信じて、

自分はホッとした感情の場所に存在し続ける。

 

そのモードを保ち続けて、

「この人の気分がホッとすることってなんだろうなぁ」と、

感じ続けていれば、インスピレーションが湧いてくると思います。

 

 

「健全になる力や問題の解決策は、みんなそれぞれが持っている。

 自分にできることは、ソースに近い場所から、

 相手の気持ちをほんの少しでもソースに近づけるだけ」

 

 

施術をしている時や、誰かから相談を受ける時、

私はエイブラハムを見習っていつもそれを思っています。

 

 


よいヒーラーと偉大なヒーラー

 

 よいヒーラーと偉大なヒーラーの

 重要な違いの一つは次のようなものです。

 

 偉大なヒーラーは、

 あなた自身が持つ癒しの能力に気づかせ、

 最終的には人に頼らなくてもいいように促してくれます。

 

 彼らは誰にも生まれながらの知恵があると知っており、

 自分の仕事は人々がその知恵とつながれるよう

 助けることだと考えているのです。

 

 でも多くのヒーラーは、意識的にではなくとも、

 あなたが彼らに依存することを望んでいます。

 

 それによって、ヒーラーが

 自分の存在を正当化できるからです。

 

 このようなヒーラーは無敵である自分自身に

 出会ったことがないため、すべての人は

 治療や調整をし続ける必要があると信じています。

 

 その結果、この信念を

 自分の患者に投影してしまうのです。

 

 それに対し、偉大なヒーラーの目標は、

 誰もが持つヒーリング能力とつなげることによって

 あなたに力を与えることです。

 

 そうすると、当然ながら

 やがてヒーラーは必要なくなるでしょう。

 

 それが偉大さの代償です!

 

 

 

 

 まったく同じことが、偉大な教師やグルにも言えます。

 

 本当にすばらしい教師やグルは、自分の真の目的が、

 答えを求めて頼ってくる弟子をもっと増やし、

 人気コンテストで勝つことではないと知っています。

 

 彼らの真の目的は、

 生徒一人ひとりの中にある内なるグル、

 すなわち内なる知恵を目覚めさせ、

 

 それによって教師が必要だという思いから

 人々を解放することです。

 

 あなたが尊敬できる教師やヒーラーやグルを持つのが

 悪いというわけではありません。

 

 でも、自分自身を信じて

 内なるガイダンスシステムとつながれば、

 

 正しいタイミングでぴったりの

 グルや教師やヒーラーがあなたの前に現れ、

 必要な答えを提供してくれることでしょう。

 

 彼らは電気技師、タクシー運転手、

 テレビの出演者といった様々な姿をして現れます。

 

 その言葉はあなたの心の奥深くに響き、

 ワクワクした気持ちになるのでわかるはずです。

 

 そのメッセージが不安や恐れをもたらすことは決してありません。

 

 

     —————『もしここが天国だったら?』より

 

 

 

 

 

自分の中の「神、ソース」とつながれば、

誰でも自分自身の力で健康になれるし、

喜びや幸せも自分自身の力で感じられるようになります。

 

 

よいヒーラーと偉大なヒーラー。

 

 

私は後者でありたいと思いました。

 

 

 

今日引用した本は、以前の記事でご紹介した

アニータ・ムアジャーニさんの2冊目の著書です。

 

この本も『喜びから人生を生きる!』同様、

とてもいい内容でした。

 

アニータさんは、臨死体験で得た「悟り」を、

この人生に応用できる明確な「言葉」にできる人なんですね。

 

すばらしい教師だと思いました。

 

 

 

最後に『ラムサホワイトブック』より、

ラムサが「教師」について語っている章の一部を

ご紹介したいと思います。

 

私は、様々な「制限」から解放してくれる、

ラムサの言葉も好きです。

 

 

興味がある方は読み進めてみてください。

 

 

 

 

 

 マスターよ、誰もが、自分が望み、

 自分に許す範囲でしか、知識を持つことはできない。

 

 そして、あなた方の天界における知識のほとんどは、

 恐れや生存、そしてさまざまな理解の対立にもとづいている。

 

 それらは審判や人々の分断にもとづいている。

 

 人間は「堕ちた創造物」であり、

 神性など持っていないという理解にもとづいている。

 

 だがマスターよ、人間は神なのだ。

 

 それゆえ、人に審判を下すということは、

 神に審判を下すことである。

 

 人間を制限することは、神を制限することなのだ。

 

 人間を自らの神性から切り離すことは、

 神から神性を奪うことなのである。

 

 

 もしあなたが、ある教師の言うことを読んだり聞いたりして、

 それがあなたの思考プロセスを制限するならば、

 それはまさに「父」の思考プロセスを制限していることになる。

 

 何が語られるか、

 そしてそれがどのように語られるかに、よく耳を傾けなさい。

 

 もしそれが制限し、分離し、分断するものならば、

 それはさらに限りない理解へとこれから進まねばならない

 存在からの、制限された真実である。

 

 

 

 

 マスターよ、あなたがそういった教師たちから

 必然的に学ぶことは、あなただけが、

 自分にとって最も偉大な教師であるということだ。

 

 というのも、あなただけが、すべての中で

 何が自分にとって最良であるかを知っているからだ。

 

 誰もが自らの人生を生き、

 自分自身の観点から真実を評価するのに忙しいというのに、

 どうして他人にあなたのことがわかるだろうか?

 

 自分自身を満たすために

 魂の中で必要とされている体験を知ることができるのは、

 あなただけなのだ。

 

 自分に対して、自分自身の真実を与えられるのは、

 あなただけである。

 

 なぜなら真実とは、自分で定め、自分で確立するものだからだ。

 

 そして真実は、科学的、知的な理解によって

 得られるものではなく、むしろ、

 感情的な理解を通して得られるものである。

 

 なぜなら真実は、ある種のフィーリングであり、

 「知っている状態」であるからだ。

 

 つまり、それは知的なものではない。

 

 自分にとって「何が真実か」を知ることは、

 「何が真実と感じるか」を知ることなのだ。

 

 

 

誰かがあなたに言う「真実」は、誰かの「真実」であって、

あなたの「真実」ではありません。

 

それが、教師であってもグルであっても

ヒーラーであっても医師であっても同じです。

 

あなたの「真実」は、あなたが「これが真実だ」と感じたものを

「真実」にすればいい。

 

 

ただそれだけです。

 

 

今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

 

 

 


愛と幸福について その2

 

 パートナーがあなたを幸福にするのは

 自分の責任だと信じていれば、

 自由がないと感じて、窒息しそうな気分になる。

 

 だから、もっと自由に呼吸できる場所を探して出て行く。

 

 だが、誰かにこんなふうに言われたら、

 どれほど気持ちが楽になって流れに乗っていると感じるか、

 考えてみてほしい。

 

 

  わたしはあなたと一緒にいるのが好きだし、

  今あなたのそばにいて、

  自分がとても素晴らしい存在だと感じている。

 

  ところで言っておくけれど、

  わたしはいつだって自分の感じ方には

  自分で全責任をとれる。

 

  わたしにはなんについてでも

  自分の考え方の方向を決めて、

  「本当の自分」と調和し、

  明るく前向きな気持ちでいる力がある。

 

  だから、あなたは自分が好きなように

  自由に生きればいいし、

  わたしはそれでかまわない。

 

  わたしはあなたと一緒に生きて、

  愛し合うことが好きだ。

 

  でも、わたしの幸福はわたしの責任だ。

 

 

 こういう関係なら、自由を求め

 喜びを求めるパートナーも生き生きとしていられる。

 

 このような理解があれば、

 喜ばしい永遠の人間関係のベースが築ける。

 

 二人の人間がともに生きて、愛して、

 どこまでも成長拡大できることを理解していれば、

 別れて出て行く理由はまったくない。

 

 そこにはほとんどの人々が必死で求めている

 自由が十分にある。

 

 

 

 

 

 

 どんな状況に対しても常に有効な解決策があるが、

 不安だったり、非難していたり、

 心配していたりすると(この部分には暗い

 ネガティブな感情がいくらでもあてはまる)、

 

 その解決策が見えない。

 

 

 だから、まず前向きな気持ちになる努力をすること。

 

 目的は実際に解決策を見いだすことではなく、

 ただホッとして楽な気持ちになることであるのを

 忘れないように。

 

 それどころか、自分のエネルギーを整える前に

 解決策を見いだそうと躍起になると、

 ほとんどの場合、流れに乗るのではなく逆らうことになる。

 

 ここでの目標は、

 とにかくホッとして気持ちが楽になることなのだ。

 

 

 

 

 

 

 多くの人が無条件の愛という言葉を口にするが、

 生きるうえで実践する人はほとんどいない。

 

 それどころか、

 ネガティブな感情を起こさせる条件を目にすると、

 その条件を変えることを要求する。

 

 だがそんなことをしていると、

 自分の気持ちをよくするために

 他人をコントロールしようと試みて、

 結局は不愉快な長い道をたどることになる。

 

 

 自分がいい気持ちになるのに

 他人をコントロールすることが必要なら、

 自分のコントロールが効く

 非常に狭い世界にしか生きられないし、

 

 その不可能な試みのために自分が持っている以上の

 時間とエネルギーを費やさなければならなくなる。

 

 

 無条件の愛とはその言葉どおり、

 どんな条件であろうと関係なく愛に、

 そして「本当の自分」につながっていることである…

 

 

 「自分の『内なる存在』が同意する思考に焦点を定め、

  前向きで明るい素晴らしい感情でいれば、

  わたしは愛というものと調和している。

 

  わたしが自分の愛の『源(ソース)』との

  結びつきを維持するために、

  息子やほかの誰かが変化する必要はまったくない」

 

 

       ————『実践 引き寄せの法則』より

 

 

 

 

 

 

エイブラハムの教えを日々実践し続けて、

もう2年以上が経ちました。

 

 

その結果、

 

「何かを手に入れた」とか「何かを達成した」とか、

私の外側の状況はほとんど変わりません。

 

ただ、私の外側がどうであっても、

「このままでええなぁ」という「今」が増えました。

 

例え外側で色んなことが起こっても、

内側は概ね静かで愉快で安心な状態に戻れるようになりました。

 

 

「愛」とか「幸福」って誰かにもらうものでもなく、

 

何かを手に入れたり、何かを達成したり、

何かに成ったりという条件つきで手に入るものでもなく、

 

そうなってから勝手に湧いてくるものだということも知りました。

 

 

そして、「愛」と「幸福」が同じものだということも。

 

 

そういう気づきを得た

今の自分の中にいるのがとても心地よくなりました。

 

また、そういうことを一切知らなかった過去の自分も、

それはそれでいいんだと思っています。

 

 

 

 

 

 神は存在ではなく、存在のあり方なのだ

 

 

      ————『喜びから人生を生きる!』より

 

 

 

今の自分をそのまま受け容れ続ければ、

やがて自分自身が「愛」と「幸福」になります。

 

 


愛と幸福について

今日は、「愛」や「幸福」についての

エイブラハムの言葉をご紹介します。

 

この記事を読んでくださっている方の中にも、

きっと「愛」と「幸福」を手に入れたい方はおられると思います。

 

でも、実は「愛」も「幸福」も既に私たちの中にあるんです。

 

 

エイブラハムの言葉の前にオチを言ってしまうと、

「愛」や「幸福」はただの「存り方」で、

自分の外側から「手に入れる」ものではありません。

 

今の自分の「在り方」が、

「愛」や「幸福」か?「寂しさ」や「不幸」か?という、

ただそれだけの違いなんです。

 

 

だから、「愛」や「幸福」は「手に入れる」と言うよりも、

ラジオのように「チューニングを合わせる」と言う方が

近いのかもしれません。

 

 

それでは、興味がある方が読み進めてみてください。

 

 

 

 愛の状態とは、自分の中の「源(ソース)」の波動と

 完全に調和した状態のことだ。

 

 愛の状態でいるときには、

 自分のなかで抵抗の波動はいっさい活動していない。

 

 例えば、親が子どもの絶対的な幸福に関心を集中していれば、

 自分のなかの「源(ソース)」の子どもに対する見方と

 完全に調和しているから、抵抗の波動はまったく存在しない。

 

 だから、親は「愛」を感じる。

 

 だが、子どもの困った行動と思うものに関心を集中していたり、

 子どもに何か悪いことが起こらないかと心配していると、

 

 その思考は自分のなかの「源(ソース)」の

 子どもに対する見方とまったく調和しないので、

 親の波動のなかに抵抗ができる。

 

 だから、親は怒りや不安を感じる。

 

 

 「問題」と「解決策」の波動がまったく違うのと同じで、

 「愛」の問題は、「本当の自分」と調和しているか

 どうかという観点から見ることができる。

 

 トラウマや不安や怒りという場から

 「あなたをどれほど愛しているか、わからないの!」

 と子どもに叫ぶ母親は、「本当の自分」と調和していない。

 

 だから「愛」という言葉を使っていても、

 波動はまったく反対だ。

 

 

 言葉を理解し始めた子どもがいちばん混乱するのは、

 親が使う言葉と波動が分裂している場合だ。

 

 親が言葉で何かを表現しているとき、本当はどう感じているか、

 それが子どもにとってはとても重要なのだ。

 

 そしてそれよりもっと重要なのは、

 親が子どもに何かを表現する前に自分の本当の感情(愛)と

 調和しようと努力しているかどうか、である。

 

 

     ———『理想のパートナーと引き寄せの法則』より

 

 

 

 

 

 

 相手のことを考えていると嫌な気持ちになるから、

 自分が嫌な気持ちになるのは相手のせいだ、とあなたは思う。

 

 そう思うだけで腹が立つだろう。

 相手のせいでこんな暗い嫌な気持ちになると感じるのだから。

 

 相手が違う態度をとればあなたの気持ちはよくなる。

 

 だが、相手が変わらないから、

 あなたは明るい気持ちになれない。

 

 こう考えると、あなたにどう感じさせるかを決める力は

 相手にあるようにみえる。

 

 これでは、あなたが腹立たしく思うのも無理はない。

 

 あなたは大事なものを相手に譲り渡してしまった。

 

 あなた自身の力を開く鍵を、だ。

 

 

 何があっても、自分がどう感じるかは

 自分でコントロールできることを思い出せば、

 あなたは力を取り戻せる。

 

 力を取り戻せば、「本当の自分」との調和を回復できる。

 

 「本当の自分」との調和が回復すれば、

 適切な見方で相手の行動や言葉や態度を見られる。

 

 つまり、相手の行動や言葉や態度はどうでもいい。

 

 あなたについて相手がどう考えているかですら、

 あなたとは関係ない。

 

 

 

 

 

 

 多くの人たちが一緒に暮らす人や

 交際相手にあれほど厳しいのは、

 

 誰でも幸せになりたいと思っていて、

 

 同時に自分の幸せは

 自分でコントロールできないことに

 左右されると信じているからだ。

 

 

 

 

 

 

 あなたが人を愛するなら、

 相手が自分自身と調和できるように

 励まさなければいけない。

 

 幸福になるには、

 自分自身と調和するしかないのだから。

 

 もちろん、周りの人たちには

 できるだけ愛情深く親切でいるべきだが、

 それはあなたの行動で

 その人たちの欠落を補ってやるためではない。

 

 そうではなくて「本当のあなた」と調和していれば、

 愛情深く親切でいられるのだ。

 

 

 覚えておくべき最も大切なことは、こういうことだ。

 

 前向きな明るい気持ちでいたいと望み、

 自分の思考をそちらへ方向づける練習をするのは

 とても簡単なことだ。

 

 だが、他人の行動や感情の状態や

 その人自身の調和に影響を及ぼそうとすると、

 非常にややこしいことになる。

 

 自分の波動のバランスをとる努力をして、

 あとは「引き寄せの法則」に任せなさい。

 

 

       ————『実践 引き寄せの法則』より

    

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 


仕事についてのまとめ記事

先日、あるお客さまから転職についてのご相談を受けました。

 

ご相談の内容は二つの不安について。

 

 

「転職先が決まりそうなんだけど、

 その企業を選んでも大丈夫なのだろうか?」

 

「今の会社を円満に退社できるだろうか?」

 

 

施術の約1時間で私がお伝えしたことは、

自分の「内側」を整えることだけでした。

 

 

 

 

どちらの不安についても、

自分の「外側」に答えはありません。

 

 

答えは全て、自分の「内側」にあります。

 

 

つまり「どうやって『不安』を『安心』に変えるか?」です。

 

 

今から進もうとしている道のスタート地点に立った時。

 

 

遠くまで続くその道を眺めながら、

 

自分の「内側(心)」は

「安心」や「期待」や「希望」を持っているのか?

 

それとも「不安」や「心配」や「恐れ」を持っているのか?

 

 

進む前のその「感情」で、

こらから出会う道の景色が変わります。

 

 

進む前に「不安」を「安心」に変えらえるなら進んだらいいし、

変えられないなら立ち止まって待つか、

安心できそうな別の道を選ぶという手もあります。

 

 

 

 

「そうだ、今日はこの日に喋ったことを詳しく書こう!」

 

 

と思ったら、

過去にも同じような記事を沢山書いたことを思い出しました。

 

 

そんなわけで今日は、転職や仕事の悩みに役立ちそうな

過去の記事を色々とまとめてみました。

 

どの記事も、2017年から私の人生哲学になっている

「エイブラハムの教え」を引用しながら書いています。

 

 

興味がある方は読んでみてください。

 

 

『感情を指標にする』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=1860

 

『感情の22段階』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=1865

 

『ホッとする考えを選ぶ』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=1866

 

 

『関係を終わらせる前に』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=1896

 

『職場の人間関係について』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=2195

 

『職場の人間関係について その2』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=2196

 

 

『幸せに生きることを「キャリア」にする』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=2129

 

『「自分」>「お金」』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=2127

 

 

『17秒 × 4 = 68秒』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=2148

 

『クライアントから「受ける」ことについて』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=2085

 

 

『自由、喜び、成長』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=1961

 

『自由、喜び、成長 その2』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=1965

 

『自由、喜び、成長 その3』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=1969

 


『人生は一時的な指標に過ぎない』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=2031

 

『現実になる前に感じる』 http://shirakaba.goodtable.net/?eid=2122

 

 

 

 

今回記事をピックアップするに当たり、

これ以外の沢山の記事も改めて読み直してみたら、

 

「よくこんなに書いたなぁ」と、

 

過去の自分に感心してしまいました(笑)

 

 

また折をみて、今回のように記事をまとめてみたいと思います。

 

 


何のために?

人生で恐れることって本当は何もないのに、

私たちは何かに恐れ続けて生きる。

 

 

「安心してはいけない」

 

「常に用心しなさい」

 

「万が一のことを考えなさい」

 

「リスクに備えなさい」

 

「人生そんなに甘くないよ」

 

 

実はこういう考え方そのものが、

「万が一」や「リスク」を自分のところへ招き寄せるとも知らずに、

常に何かに恐れながら生きる。

 

 

「病気になったらどうしよう」

 

「事故に遭ったらどうしよう」

 

「犯罪に巻き込まれたらどうしよう」

 

「あおり運転されたらどうしよう」

 

「仕事を失ったらどうしよう」

 

「給料が下がったらどうしよう」

 

「貯金が減ったらどうしよう」

 

「子どもがグレたら、引き篭もりになったらどうしよう」

 

「これがあんな結果になったらどうしよう」

 

「今よりももっと先へ進まないと」

 

「自分の価値をもっともっと高めないと・・・」

 

 

でも、これら正体不明の恐れを手放した瞬間に、

「今」を安心して生きられるようになる。

 

 

「将来どうなるかはわからない。

 

 でも、美味しいご飯を食べている今この瞬間に、

 何か問題があるだろうか?」

 

 

恐れを感じたら手放す。

 

 

「綺麗な景色を眺めている今この瞬間に、

 何か問題があるだろうか?」

 

 

また感じたら手放す。

 

 

「ちゃんと歩けている今この瞬間に、

 何か問題があるだろうか?」

 

 

瞬間瞬間手放し続ける。

 

 

そうやって恐れを手放した瞬間に、

「今ここ」を生きられるようになります。

 

 

 

 

人生とは、

 

老いや病気や不幸や失敗という「バッドエンド」へ向かって、

ずっと何かを恐れ続けて備え続けて生きるような

「罰ゲーム」ではありません。

 

 

私を含めた全ての存在が、

「愛」であり「神」そのものです。

 

 

「愛」であり「神」そのものである素晴らしい存在に、

「罰」が必要でしょうか?

 

 

 

だから、何かに迷った時や恐れを感じた時、

私はこの問いかけを自分にします。

 

 

「じゃあ、何のために生きているんだろう?」

 

 

「何のために?」

 

 

 

何かに恐れ(心配や不安も同じです)を感じたら、

みなさまも自分自身に問いかけてみてください。

 

 

「何のために生きているんだろう?

 おいおい、私の人生は何かの罰ゲームか?」って。

 

 

 

 

ちょっとでも笑えたら、もう大丈夫です(笑)

 

 


マインドを今に戻す

過去への後悔や罪悪感。

 

未来への不安や心配。

 

まだ現実に起きてもいない何かへの恐れ。

 

誰かや何かへの不満。

 

「もっと先へ進まないと」と、

いつも何かに追われるように過ぎる日々。

 

そんなに興味もないのに、

なんとなくいつもつけっぱなしのテレビ。

 

そんなに興味もないのに、

なんとなく読んでしまっているネットの情報・・・。

 

 

ふと立ち止まって自分を観察してみると、

自分の意識や思考が「今ここ」にいない時があります。

 

 

 

 

そういう時は、心の中で「今」と何度か呟く。

 

 

 

「今・・・今・・・今・・・今」

 

 

 

落ち着いて、ゆっくりと繰り返す。

 

 

 

 

 

「今・・・今・・・今・・・今」

 

 

 

たったこれだけで「今」に戻れます。

 

 

心が過去や未来やあちこちに彷徨う時、

気持ちが落ち着かない時にやってみてください。

 

 

 

 

 

「今・・・今・・・今・・・今」

 

 

 

 

 

夢から醒めたように「今」に戻れるはずです。

 

 

そして、色んなところに彷徨っていた心が、

「今」の自分や「今」の景色を感じはじめます。

 

 

ただし、楽しい思考の旅なら、

そのまま存分に楽しみましょう(笑)

 

 

 

 

 


思考と思考の隙間

 

 

自然や動物をただ「ぼけ〜っ」と眺める。

 

 

 

 

ただただ「ぼけ〜っ」と眺めるだけ。

 

 

 

 

風を感じたり、色を感じたり、表情を感じたり。

 

 

 

 

しばらく眺めてから、自分の中を観察してみる。

 

 

 

 

 

「・・・あぁ、今、何も考えてないなぁ・・・」

 

 

 

この「・・・」が思考と思考の隙間で、

これが少しでもあれば、それが「瞑想」です。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・あぁ、今、

 何も考えてないなぁ・・・・・・・・」

 

 

 

私はこの2年ほど「今の自分」を大切にしていたら、

それまでずっと手に入れようと頑張っていた

「・・・・・・・・・・・」が、自然に手に入りました。

 

 

 

 

 

「じゃあ、思考と思考の隙間が増えたらどうなるんですか?」

 

 

「はい。心が平和になります。

 毎日色々あるけど、まぁこれでええやん(笑)となります」

 

 

 

歩いていても、走っていても、家事をしていても、

仕事をしていても、ぼんやり何かを眺めていても、

 

自分のマインドが単純にその行為の中だけに存在していれば、

それが「瞑想」になります。

 

 

 

 

 

「今の自分でオッケー。今のままで何も問題ない」

 

 

 

今以上の何者かに成るために、どこか遠くへ行かなくてもいいし、

誰かに評価されるために、何かをやらなくてもいい。

 

 

 

「行きたいから行く」

 

 

「やりたいからやる」

 

 

 

この「衝動」はいつでも、

思考と思考の隙間「・・・」から生まれます。

 

 

そして「・・・」は、

「今のこの瞬間の自分の心」を大切にしていたら、

勝手に生まれます。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

私は今日も隙間だらけの1日でした・・・(笑)

 

 


社会意識と超意識 その3

前回で終わるつもりだったのですが、少しだけ補足です。

 

自然や動物に触れるとか、神社へ行くとか、

自由で幸せな人に会うとか、心の琴線に触れる本を読むとか、

 

そういう何らかのきっかけで「超意識」につながって、

いい気分といい思考が自分の中から

自然に湧き上がってくることがあります。

 

 

「私、このままで全然問題ないやん」

 

「あっ、これいけるかも!」

 

「こんなことしたいなぁ」

 

「この感覚、この気持ちをずっと持ち続けていたい」

 

 

その気分と思考のままで日常生活に戻るも、

またしばらくすると「社会意識」にどっぷりつながって、

 

 

「やっぱ、全然変わらんやん」

 

 

となる。そしてまた日常に埋もれていく・・・。

 

 

もしくは、

 

 

「でも、やっぱりあの時のヒラメキと感覚を信じたい!」

 

 

と、行動に移そうとするも、

不安や恐れの方が強くて先に進めず、

あの時の「素晴らしい感覚」もどんどん色褪せていく・・・。

 

 

こういうことって、よくあると思います。

 

 

私もかつてはそうでした。

 

 

「あの時は今とは別の方向に進める!進もう!

 と思っていたはずなのに・・・今はその自信がない。

 あの静かで確かな高揚感はどこへ行ってしまったんだろう?」

 

 

こういう風に感情がついてきていな時に無理に進もうとすると、

物事は自分の「感情通りの結果」になりますから、

あまり上手くはいきません。

 

 

 

 

「引き寄せの法則」のアメージング・パワー』の質疑応答の章で、

「糖尿病の薬物治療から解放されたい」という質問者に、

エイブラハムはこう答えていました。

 

 

 

 肉体的存在はあまりにもしばしば、私たちが行為を捨てろ、

 思考だけを用いるべきだと言っている、と考えてきました。

 

 そして、思考だけで自分の体を治すべきだ。

 この薬は必要ない。近代的なやり方で取り組んでやろう

 と考えるのです。

 

 私たちが理解してもらいたいのは、

 あなたは今、あなたが立っているところにいるのであり、

 しかも、あなたがいるところには問題はない、ということです。

 

 そして、あなたが歩んでいる「出来事の旅」については、

 私たちはどのような理由があっても、

 台無しにするつもりなどありません。

 

 私たちも薬を飲みつづけるでしょう。

 

 あなたと同じように行為をやめないでしょう。

 

 でも、私たちならば、

 「感情の旅」に真剣に注意を向けはじめるでしょう。

 

 

 腰痛を持っている女性を例にとるならば、

 腰痛を持ちつつ、恐れを抱くこともできますし、

 腰痛を持ちながら、希望を抱くこともできます。

 

 恐れと希望との違いが、

 痛みがすみやかに去るかどうかを決めるのです。

 

 

 ですから、行為を用いてしていることを心配しないでください。

 

 あなたはここにいて、この体のうちにいて薬を飲んでいますが、

 そこには何の問題もありません。

  

 どのような理由でここにきたにせよ、どこにいるにせよ、

 自分を責めないでください。

 

 皆さんにぜひ、これを聞いてほしいと思います。

 

 

 あなたのいるところが、あなたのいるところであり、

 あなたのいるところには、何の問題もありません。

 

 

 

以前は私も薬を否定していた時期がありましたが、

今では必要な薬なら普通に飲みます。

 

 

「今回もこの薬に助けてもらおう」

 

 

と思いながら助けてもらっています。

 

 

 

 

以上は病気の例でしたが、人間関係でも仕事でも何でもこれと同じです。

 

 

自分が今いるところを否定しながらそこに存在することもできるし、

自分が今いるところを肯定しながらそこに存在することもできる。

 

 

あまりにも素晴らしい場所や、自分の理想に近い人物に会ったりすると、

自分が今いるところや自分の今の在り方をガラッと変えたくなるんですが、

 

急に何も変えなくてもいいし、

変わらない今の自分を否定する必要もないんです。

 

 

エネルギーが切れたら「超意識」に触れて充電。

 

切れたら、また充電。

 

切れそうになったら、充電。

 

ちょっと減ってきら、充電。

 

あまり減ってないけど、ちょいちょい充電。

 

いつの間にか、しょっちゅう充電。

 

 

これを繰り返していたら

自然に感情の足場が固まってくるので、

何かを変えるとか行動に移すのはその後で充分です。

 

 

 

 

あと、エイブラハムはこんなことも言っていました。

 

 

 

 宇宙よ、これについての文書を届けてください。

 

 私が抱いている期待感を、正当化する情報がほしいのです。

 

 

 

宇宙にお願いしたら、あとはおまかせ。

 

いつそれが手元に届くのかなどの詳細は考えずに、

なるべく自分と周囲の人と日常生活の良い面だけを見て、

感情を整え続けるだけです。

 

 

・・・と、少しだけ補足のはずが長くなってしまいました。

 

 

 

 

今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

 

 


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